【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2012/11/30

閑話休題: 幸福より愛国へ

まだまだ天気が良くなる気配はありませんけど、何も更新しないのは申し訳ないので、3月に青春18切符で出た時のコンデジ写真でも。

「温泉ホテル ボストン」(素泊り2600円でした)を朝6時過ぎに出てバスターミナルへ。バスで幸福駅の方へと。廃線となった広尾線の駅跡です。幸福のバス停から少し歩きますが見通しは良いので迷うことはないでしょう。
内部もすごいです。
車両の中に入って休憩もできたような記憶があります。
朝からグッズを販売してる露店があったので切符を買いました。

その後、大正駅を見てから愛国駅に向かいたいなと思ってたのですが、バスの便がそう都合よくあるわけではなく、持ち時間も多くはないので、愛国駅まで10km以上をランニングで移動。これを見越して荷物の大半はコインロッカーに入れてきたのでした。

で、大正駅跡。ちょっと残念な印象。このすぐ近くに無料ライダーハウス「大正カニの家」があります。
 大正市街には人気のケーキ屋さん「あくつ」がありますが、さすがにケーキ持ったままランニングはできないのでまたいずれ。

で、しばらく走って愛国駅。

広尾線の路盤跡はかなりの部分が畑や住宅地などに飲まれてしまってます。

バスにギリギリ間に合って帯広駅に戻り、昼からは然別湖の方へと。夏場に自転車でゆったり回りたいなと思ってましたが、今シーズンも行けずに終わりましたね。

2012/11/25

栗山トンネル

ずっと天気が悪く雪も降ってきて、春先までしばらくは派手な行動はできないかなという感じになってきました。冬の間は主に、近場の山をスノーシューで散策したり、温泉に行く程度の地味な行動で、その分、翌シーズンに向けての情報収集と計画立案に時間を割いたりします。

ネタも少なくなってきてますが、今回は春先に一眼レフを買った直後に行ってみた廃トンネルを。栗丘駅と栗山駅の間にあり、堀淳一さんの著書にも紹介されてます。まともに入り口から入るより最寄に駐車帯があるのでそこから横穴に入るのがベストかなと。


線路がありますが、見てお分かりの通り崩落してますんで列車が来ることはありません。現路線はすぐ横に別のトンネルが掘られてます。
 他に撮るものがないので、撮り方を変えるぐらいしかないのです。これはどうやって撮ったんでしょうね。

この後は栗山市街に移動して、小林酒造に少し寄りました。レンガの倉庫が並んでいて、資料館も見学できますよ。

2012/11/21

国鉄旧線 旭川・神居古潭

元々は、縄文時代にさかのぼる遺跡群が点在するアイヌの地。川岸に沿って国鉄の線路が敷かれ、神居古潭駅が置かれたものの、路線変更によって廃線跡がサイクリングロードになって現在に至ります。散歩気分の探索としてふらっと出かけたわけですが・・・。

午前8時半発の旭川行き高速バスに飛び乗って10時15分に高速納内バス停で降ります。 用水路脇の砂利道などで近道して、30分ほどでサイクリングロード入り。11時には神居古潭駅です。







落石のため通行止めとなってましたが、どうせ夕張サイクリングロードのように放置されてるんだろうとそのまましばらく進んでいきましたら、4km行ってもうすぐ伊納駅という所で本当に工事やってました。アイヌの時代から急斜面と川に挟まれた難所ですから、少し回りこんで通過するということもできず、かといってまた延々と引き返すということもしたくない。それで、こういうのも経験しておくかと斜面に取り付いて山越えを試みたのが事の始まり。

 とにかく上に出ないと始まらないということで、しばらくは登りに専念。GPSをちょくちょく見て方向を修正しながら進みましたが、目標は地形図にある林道の終点。そこに入れれば楽に進めるだろうと。

しかし、道の無い山の中を進むというのはやはり難しかった。斜面上での絡まる草木と倒木の嵐。しかもたかが標高300mと思ってましたら上の方はそこそこ積雪があって、困難が余計にプラス。軍手は濡れ靴には雪が入り冷えていきます。最後は手で払うこともせずに力技で絡まった草木を引きちぎりながら進みました。

1時間以上かかってようやく林道に入ったかという地点ですが、道の真ん中が水流でV字に削れて小さい滝もある川に変わってましてクラっと。道が落ち着いてから軍手を交換して歩きながらパンとコーヒーを。

道の行き先を確認しないまま来てしまったので、とにかく進むしかないと歩き続け。鹿が仲間に警告を発してるキィ!という泣き声が何度か響きました。林道を2時間ほど歩いてやっと午後3時半に舗装路へ。雪雲が迫っていたので急いでましたが雪が降ってきました。

さらに30分歩いて 伊納駅に到着。貨車を使った無人駅ですが、ざっと身支度を整えます。電車は1時間くらい来ないので40分くらい国道を歩いて「万葉の湯」という健康ランドへ。温泉でもないのに780円とちょっと高めでしたが、とにかく汗を流して着替えたかったのです。

風呂上りには本格的に雪が降ってました。旭川はそこそこ都会だろうからバスの便もあるだろうと思ってましたが、1時間に1~2便程度なんですね。結局、街中の高速バス停までまた歩き。バスに乗ったと思ったら高速が通行止めだから深川まで一般道で行くということで。札幌には午後10時前に到着でした。

とにかく歩きまくった1日で、特に撮れたものもありませんでしたが、経験値は少し上がったのでまあいいかと。道の無い山中を移動した時に時間と体力がどれだけ消耗するかデータが取れました。また、山中には人為的に斜面を削ったとしか思われない古道の跡が。草木に覆われてるとはいえ滑落の危険がない平場があるという道のありがたさを実感しました。

2012/11/15

豊平峡の林鉄跡を探索してみたけれど・・後編

続きです。林鉄跡が林道へ分岐した先。こちらは藪化しておりまして、笹をかき分けながら進みます。
 その先には。地形図通りに隧道の姿が。
 柵の間から撮影。
 柵には、「ここは遊歩道じゃないので引き返しなさい。この先は見つけたら通報するわよん」って感じで10年前の平成14年付の看板が。突破すること自体は造作もないですが、ダムが間近に見えていて何も得るものは無いのでここでUターン。林鉄跡を逆に追うことにしましょう。

川の方を見下ろしてみますと。
 対岸に石垣の塊が落ちているのですよ。ということは、対岸にも道があったということ。古い地図を調べればハッキリする事なんですがね。ダムのできる前はそこそこ往来があったのでしょうか。

そうして最初のコンクリート築堤の辺りに戻ってきました。と、よく見ると割れている部分があり、どうせ中の土砂が流出してる程度だろうと思いましたら。
 なんと、中は人の高さくらいのキレイな空洞になってます。これは土管でした。昔の送水ルート? 用途と行き先はナゾのまま。

遊歩道から上に上がって、このコンクリートの跡を追ってみました。すると。
 確かに丸い土管です。この上を林鉄が走れるはずがありません。クラっときました。これが平らになっている箇所を見て林鉄跡と勘違いしたんですね。紛らわしい。
 そうすると、この橋脚にも見えるコンクリート柱はというと、マンホールのような通気孔でした。取っ手がついてはいますが土砂や草が覆っているのでビクともしません。

自然の村の上の方へ踏み分け道が少しあって一部がこの土管ルートと重なっており、地形図の部分的な点線道はそれを指してるのだと思います。GPSのログを取ってはいたんですが、転送して画像化する気力も起きません。この後、藪をこぎまくって土管ルートが山に突き刺さる所まで追いましたが、そこで終了としました。

というわけで、結局は林鉄跡は通説通りに遊歩道と同じということでよろしいんじゃないでしょうか。 土管はおそらく定山渓浄水場と関係あるのではという気がしますが、川がすぐ近くに並行しているのに、かなりの労力とコストを使ってそこまでする意味があったのかなど、モヤモヤとナゾは残ります。

豊平峡の林鉄跡を探索してみたけれど・・前編

10/24の記事「定山渓の紅葉そして・・」で、豊平峡の遊歩道の外側に林鉄とおぼしき遺構を見つけ、実際の路線ラインはどうだったのかキチンと追ってみたいと思っていた次第。
今週の休みは夜に用事が入って遠出する時間がなかったため、ちょうどいいかと行ってきました。

いつものように日帰り温泉パック券を使って豊平峡温泉バス停へ直行。午前11時半近く。
ダムへの電気自動車の営業も終わり落ち着いた雰囲気です。そのまま自然の村の横を通って閉鎖された遊歩道へと。まずは前回、引き返した辺りへ。
この埋もれたようなコンクリートを見て、路盤が崩落で埋まったものではないかと思ったのですが、巨大な岩盤が落ちたにしてはコンクリートの損傷がないように見えます。

その先の地点。左側のコンクリートは橋脚の跡なのかなという気もしますが、正体は後ほど分かります。
さらに進むと、またコンクリート築堤のような地形と、それが岩に飲み込まれるような場面。
その後、少しずつ段差が縮まり、遊歩道とラインが合流します。そして切り通し。
その先で道が分岐します。左手から川が合流してますんで、その川沿いに左へ上がっていく道と、今までのラインで進む道。どうやら遊歩道としては左手に行って、電気自動車の走る舗装道に合流するのが正しいようです。踏み分け跡もそちらの方へ続き、正面へのラインは藪に覆われた廃道です。
まずは左手の方を片付けてしまいましょう。林鉄の支線かなとも思ったのですが、勾配もカーブもキツくてこれは普通の林道です。進んでいきますとすぐに地形図にもある隧道があります。
反対側はこんな感じ。
札幌市内にこんな隧道が残っていたとは。
で、ここからすぐにダムへと続く現道の橋が見えまして、これ以上は何もないだろうということで先ほどの分岐へと引き返します。

2012/11/09

国道229古道 余市山道 後編

潮見町の集落との連絡道分岐から先。私有地があるために100mほどは刈り払われていますが、その先は夏場は道が分からないのではないかというほどに藪に飲まれています。
潮見町から豊浜までは以前の積雪期にスノーシューで歩いたことがあり、道の様子は大体分かっていました。しかしその時は隧道が雪に埋もれていたので山を直登して越えたため、目当てのものは今回初めてです。しばらく藪の中を歩いていきますと。ありました。
大正時代の地図にもあるので、そのくらいの古さです。積もった土砂が逆に水の流入を防ぐ役割を果たしているのか、中は乾燥して良い状態。
ちゃんと通じてますね。しかし坑口周りに若干のクラック(ヒビ)があるので、頼むから崩れないでくれよとライトも使わずに足早に通り抜けました。豊浜側の坑口は。
 少し離れた所から。車も通していたので交互通行のために少し広くなってますね。
先へ進みましょう。木も生えていて、さらに道が荒れていきます。ということは、この先に通行不能を決定付けた何かがあるということ。
こんな所を車で通りたくはありませんわね。左は急斜面で昔ですからガードレールもありません。その先の180度ヘアピンカーブ。
これだけ見ると道だか山だか分かりません。
 笹薮も濃い箇所がありますんで、視界と注意を取られて路肩を踏み外して転落しないようにしましょう。
で。この先はどうなってるのかといいますと、どんどん山を下っていって、集落の家々が見えるというのに川に行く手を阻まれます。橋が消滅してるんですね。今回はどうせならと途中から送電線の作業道で川まで近道しました。

最初に冬に来た時は、雪で高さのある岸でドスンと踏み込んで雪塊とともにふわりと川面に降下し水に浸かる前に対岸にジャンプしましたが、少々届かずに靴が浸水。今回はもう少し確実に行きたい。まあ浅瀬もあるので靴脱いで渡ればいいんですけどね。

笹をつかみながら岸を移動して、倒木のあるポイントを見つけました。しかも2本あるので、その間に入って両脇に抱える体勢で体を振って少しずつ前進し、無事に対岸へ。せっかく古地図があるので古平方面へとさらにアタックしたいところですが、ちょうど雨が降ってきたのでここで終了。

豊浜町のバス停で10分待ち。これは旧道の滝の澗隧道で、現在では潮見町までトンネル1つです。余市に移動して、あの毛利さんの実家である余市川温泉で汗を流しました。


2012/11/07

国道229古道 余市山道 前編

天気の良くない日が続いてますが、予報と気象レーダー画像を検討して、早めに切り上げれば何とか、と判断して出てきました。
午前10時に小樽駅、少し待ってから余市行きのバスに乗ります。余市富川車庫のバス停より少し先に脇に入る道。林道か民家の私道のように見えますが、よく見ると荒れた舗装の跡がちらほら。コレで間違いないと思って進んでいきます。当日に急に決めたので、資料どころかGPSも持たずに出てきたのです。
ここで先にイントロを出しておきましょう。他のサイトなどからの引用をまとめます。
現在では当たり前のように海岸を周る道がある積丹半島ですが、その歴史は浅く、整備されたのは昭和の後半になってから。余市~古平間も海上交通が主で、最初はアイヌの刈り分け道がある程度、1845(弘化2)年に余市~豊浜間の山道ができたのが最初ですが、それもあくまで「山道」です。

その後も改修はされたようですが荷車すら通すにはほど遠く、昭和初期の改修になってようやく、小型乗用車を使った乗り合いバスが通じました。しかし危険を感じた利用者の改良の声は日増しに強くなったといいます。
今回踏破するのはその道でありまして、雰囲気が多少なりとも伝われば幸いです。

さて、少し入ると朽ちたゲートがあって、そこを過ぎると林道状態、そして苔むした落石が少々あってドロドロにヌカる地帯、藪化も進んで少し見通しが悪くなってます。その一帯を抜けて、梅川墓地の裏手手前の登りに入る辺りから道の状態が急速に良くなります。どうやら、古道に沿って送電線があり、その管理のために最低限の刈り払いなどされてるようです。
 国道の山側に墓地があり、そこを見下ろす位置に古道がありまして、余市市街が見渡せます。
古道は山の斜面に沿っていくので、直線距離では目の前に見える地点に行くにも、ぐるりと谷を回りこむような形をとります。川の方へ降りていくような道の跡と思われるものをみかけたのでマークしておりましたら、丸太2本をまとめたような橋を発見。降りてみます。
 これは車道となる前の元々の古道の残骸ではないかと思われます。夏場で木々の葉が生い茂っていると発見が難しいのではないでしょうか。右手はすぐ山の斜面でぐっと上がらねばならないので、このままの道の線形で車を通すことはできず、ぐるりと回りこんで上がるルートになったのでしょう。

梅川墓地を過ぎてから梅川3号林道や梅川林道への分岐で2つほどT字があるので間違わないようにしたいものです。海や目的地を見据えての方向感覚があれば大丈夫だと思いますが。

この辺は梅川林道との重複区間のようで、この丸太橋から少し進むと林道ゲートと看板がありました。 それを過ぎると梅川トンネルの古平側出口が見えて国道が見下ろせ、さらには小さなゴミ処理場の敷地に入りまして、現国道と行き来もできます。そのまま敷地を進むとサビて朽ちたゲートがあり、その先から再び古道が続きます。

しばらくはそこそこ良い道の状態。
 しかし、送電線の管理道が分岐した後で道が荒れてきてまして、もっと気をつけるべきだったと今になっては思います。いつもの探索時は軍手着用ですが、この時は素手でした。油断しすぎ。
 ここで道の真ん中に紙が落ちてました。2枚組で昭和22年と35年の古地図のコピーに、現在の地図に詳細な書き込み。地名の由来から鉱山で採れる種類、行程とバスの時刻メモまで。前日に雨だったのに紙の状態が良く、行程からすると2時間以内に先行した”同業者”だと思われます。軽くショックを受けました。
検索などで持ち主の方が見ておられましたら、持ち帰ってしばらくは保管しておりますのでご一報を。

ちょうど、豊浜から先の明治古道にアタックしたいのだけど道筋を示す古地図が無いしなぁと思っていたところだったので、お宝Getキター!!と夢中で見ながら進んでおりましたら、実はブービートラップだったというオチ。

つまずいて転び、右小指と左足数ヶ所に出血を伴う損傷、首から提げていたカメラには泥がべっとりと。ちょうど倒木があって枝の折れ口に太ももが直撃したんですよねぇ。モンベルのウェアは汚れただけで無傷。さすがです。

すぐ近くに小川があったので傷口を洗って処置。カメラの泥も拭いてほとんど落とせたので、問題ないと判断して、潮見町の集落に連絡する分岐まで5分程度という位置でしたが続行を決断。