【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2013/04/29

閑話休題: 九州旅の総括

長崎ランタンフェスティバルに始まって大分の青の洞門に至るまで、長々と九州シリーズを続けましたが、ここで簡単にまとめて振り返ってみます。

初めての九州上陸ということで、あまり手を広げずに九州の北半分を対象に、まずは主要地域の土地の様子と道路事情を把握する事を目的の1つとして旅程を考えました。普通の観光客が喜んで集まるような定番スポットには元々興味が無い人なので、ハウステンボスなんぞ意地でも行かんって感じでしたが(笑)、ランタンと高千穂と青の洞門には前々から行って見て撮りたかったのです。

宿泊は4泊で、長崎のカトリックセンターに2泊(和室3300円くらいだったか)、阿蘇の民宿に1泊(3400円)、最後は旅行中に電話かけて、大分の「やかた田舎の学校」2600円。
カトリックセンターといっても宗教色はなく、電停から徒歩10分少々くらいで朝5時半からチェックアウトできますから、ホテルの埋まるランタンの時期は特にコスパは良いと思います。
最後の「やかた田舎の学校」は温泉マニアやライダーさんなんかには知られた存在。施設はピカピカで安さも魅力ですが風呂が温泉なのです。オンシーズンは満室になりますが(6室しかない)、今回は私だけの宿泊。予約を入れた時に即答ではなく折り返しの電話を待ちましたが、宿直の方が出勤できるか確認したんでしょうね。
門には二宮金次郎。
夜8時の到着でしたが、学校の中を撮る元気は無かったので、その辺は検索して画像見てください。

私は元々、温泉マニアもどきでしたが、湯に浸かってるとそれなりに時間を使ってしまうので、行き先の多かった今回はあえて別府などメジャーな温泉地を外しました。ルートに応じて立ち寄れる温泉の候補をいろいろプリントアウトしていき、計5ヶ所ほど入りましたが、どれも良かったと思います。
これは筌の口温泉。
次は院内妙見温泉。
あとは折戸温泉。受付に誰も居なかったので先に深耶馬溪に行ってから出直しました。

深耶馬渓には日帰り温泉もあるお蕎麦屋さんもあったんですが日没前ですでに閉まっていたのが残念です。

  
最終日は朝7時前に「やかた田舎の学校」を出て、途中から英彦山の方へ。主要道は渋滞ぎみだし面白くないというのと、 最後は酷道の運転を楽しんでシメたいということ、あとは英彦山は昔は修験の山だったんで宿坊などの跡を見ながら参拝していきたいなと。
最初は坂とカーブを進みながら、やっぱ道の厳しさは天竜峡周辺には敵わないよなぁなどと回想してましたが、頂上付近でゾッとしました。雪が真っ白く残りパキパキに凍結している。もちろん夏タイヤです。引き返すほどの余裕はないので、エンジンブレーキを兼ねてギアをセカンドやローに落としながら慎重にそーっと通過。通行量がほとんど無くて路面が磨かれてなかったのが幸いでした。下りの坂とカーブだったので勢いついただけで道から落ちかねません。

その後、秋月城跡で軽く休憩散策。城下町の感じが残ってるので観光客向けの茶屋もありますが、あくまで城の跡で、ほとんど何も残ってませんでした。

そんなわけで午前11時過ぎに博多でレンタカー返却。そのまま徒歩ででも空港に向かえば良かったのに、欲張って地下鉄で箱崎宮なんか行ったもんだから飛行機の時間に30分切って空港着で、ちょっと焦りました。

2013/04/26

国道212旧道 青の洞門 後編

ちょっとブレちゃいましたが、こちらが反対側。
 入ってすぐ右下に、開通当時の禅海和尚が掘った洞門への入り口があります。位置が低かったんですね。
 最初に開けられた明かり窓。
 結構な広さはありますね。
 そしてまた歩道に合流。
 苔むした洞内。
  素掘りは手作り感があっていいですよね。
旧道落ちしたとはいえ現役の道路にバスツアーが立ち寄るなんて珍しいケースではないでしょうか。似たような場所としては、青森の竜飛岬近くもこのような洞門が連続しますが、観光はされてないんじゃないですかね。

2013/04/24

国道212旧道 青の洞門 前編

現在の洞門は当初の姿とは違ってますが、禅海和尚が托鉢の資金で石工を雇って30年かけて1763年に開通。通行料をとったので、日本初の有料道路と言われています。
 そそり立つ競秀峰。洞門ができる前は、ここを鎖場で通っていたのです。

それでは行ってみましょう。センターラインが描かれてはいますが、狭い箇所があるので信号による片側交互通行になってます。








これは車道化にともなって後に拡幅されたものであるわけですが、開通当時の初期の洞門の一部が残されていて、歩道からつながっています。 次回はその辺も含めて。

2013/04/22

大分 羅漢寺 後編

続きです。
本堂の方に行ってみましょう。


有料ですが、ここから本堂の2階に上がれます。
上からの眺め。
一番奥にあるのが、「極楽のなで犬」だそうです。

そろそろ戻るとしましょう。帰りは参道を降りていきます。


旧参道である老の坂。どこに合流するんでしょうね。

こんな感じで戻りましたが、青の洞門への古びた遊歩道の看板が残っていました。
青の洞門ができる以前はその上の崖を鎖場で通っていて、羅漢寺への参拝も鎖場を通らねばならなかったそうで、そこへの道が遊歩道になったようです。当時でも落ちた犠牲者は多くてそれで青の洞門が掘られたわけで、大丈夫かなという気もしますが、鎖場にちょっと行ってみたかったですね。
青の洞門の上に少し見えてはいましたが、詳細は帰宅後に判明しました。「封印された日本の秘境」という本に鎖場のレポが載ってます。

2013/04/20

大分 羅漢寺 前編

九州旅の最後は国道212旧道の青の洞門でシメますが、その前にいささか関係のある羅漢寺へ立ち寄りました。
大化の改新の645年、インドより渡来した法道仙人により創建。

参道を登るか、有料のリフトに乗るか。年とると足腰が弱ってのうゲフンゲフンというわけで行きはリフトで一気に。羅漢寺を通過して山頂にも行けます。
 山腹を少し歩きます。
山門です。
上の写真の左手になりますが、山門から振り返ると千体地蔵が。室町時代に普覚禅師が安置。
山門の先には五百羅漢の安置されている無漏窟が。しゃもじがいっぱいあるのは、願いを「すくう」の意味から。




(続きます)

2013/04/17

大分 豊後森機関庫

早朝に阿蘇を出て、朝8時半過ぎに大分の豊後森駅へ。
駅の隣に無料の町営駐車場があるのに、慌てていたのか、お金を払って駅の駐車場に止めてしまいました。少し歩いてから路地に入って踏切を渡ると豊後森機関庫。1934年竣工、1970年廃止。













ちょっと日の向きが悪くて、撮りづらかったです。