【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2014/12/24

夕張 大新坑手前の遺構

疲労の蓄積もあって函館には行きそびれ、3時に目覚ましかけたのに2度寝したこともあって始発に乗りそびれ、今日はどうしようかと。気象レーダーでは岩見沢から夕張にかけてガッツリ降雪となってましたが、カンでは「問題ない」というのでとりあえず出てみたと。

12時半に夕張駅に到着。雪はやんで無風状態。人をほとんど見かけなくてゴーストタウンな市街ですが、カップル1組が写真撮ってました。
で、高松ズリ線の辺りは相変わらず重機が動いてるしで、大新坑の方でも行ってみるかと。深い粉雪で、大型のスノーシューでも膝まで埋まって結構な負荷でした。私は廃道からこの方面に入ったんで、古い道筋である川沿いのルートを選択。かなり手前ですけど、黄緑のプレハブの陰に良さげな遺構がありました。前回の恵比島ではこんな感じのを期待してたんですよ。

緑の残る時期にもう一度撮りに来たいかも。





で、川沿いに進んでいくと、見事に橋が消滅していてジエンド。対岸は古いコンクリートでずっと覆われてますね。この道が使えなくなったんで山の上部ルートが開かれたんじゃないかと。川まで少し高さがあるのと、すぐに砂防ダムになってるんで雪がなくても渡渉は厳しい感じです。なるほどねぇ。

引き返してから上のルートに登って行ってみましたが、あと500mくらいの地点で午後3時を過ぎ、また今度にするかと帰ることに。時折立ち止まってキツツキや川の流れの音に耳を澄ませたりで、気分転換になったし、最初から狙ってたわけじゃないんで、これでいいんです。

2014/12/20

JR留萌本線 明日萌駅(恵比島駅)

連続テレビ小説「すずらん」の舞台。本来の駅舎は貨車の方なのですが、それも表に木を貼り付けて違和感ないようにしています。
明日萌の駅舎の方は冬季は閉鎖されていますんで、窓ガラス越しの撮影です。周囲には店も自販機もなく、駅に暖房もないので冬に行かれる方は相応の防寒対策を。








こちらの駅前旅館も夏場は公開されています。

以前から気になっていた、線路の向こうにある留萌鉄道の社屋を使った日本ケミカルコートの建物。ですが近づいてみるといまいちソソられなかった。中も薬品容器やキャップがゴミ屋敷のように積まれていて、見るにも撮るにも値しないなとさっさと出てしまいました。

札幌が悪天候になる前に帰りたかったんで、これで退却です。ほろしん温泉には町営バスもありますが、交通機関との接続が考慮されていないので冬は厳しいですね。

2014/12/17

旭川 国鉄旧線 伊納隧道

今週は2本立てです。
予報で夕方から大荒れとのことでしたんで札幌6時発のJRで速攻をかけます。本命は留萌本線の方なんですが、深川駅での待ち時間が3時間近く発生するので、旭川でコーヒーでも飲んでから折り返すかというのが当初の方針。
車内でタブレットパソコンで地図を見ていて考え直し伊納駅に8時45分くらいに降り立ちました。サイクリングロードをズボズボと深川方向に歩き出しましたが、並行する道路がキッチリ除雪されてましたね。

何はともあれ、冷凍庫より寒かった。石狩川には流氷が。




というわけで、国鉄旧線を使ったサイクリングロードの伊納隧道のさらに川側になりますが、もっと古い伊納隧道の方へ。





10時過ぎに伊納駅に戻りましたが、列車まで30分近くあって凍えました。パンでも食べようかと思ったらアゴが動かないし。この後、深川で留萌本線へ乗り換えます。

2014/12/03

小金湯プチ散歩

天気予報で大荒れとのことでしたし、直前に気象レーダーをチェックしても札幌と空知管内以外はアウトな状況。体も(心も)冷えているんで、温泉にでも行こうかと。じょうてつバスの温泉日帰りパックで小金湯へ。

温泉に行くだけのはずなのに、探索ウェアに登山靴なのは自分でもナゾ。バスを降りてから国道と温泉との間にある、定山渓鉄道の路線跡を歩いて一の沢橋梁跡まで往復しました。豊羽鉱山の排水パイプが埋まってるんで、所々刈り払いされています。


路線跡にキロポストが残っているという話だったんですが見つからず。途中に民家の敷地があって回避したのでその辺だったのかも。


体も冷えたんで温泉へ。湯に浸かると意外とボロボロだったのが分かりました。ストーブ使わないし、布団があるのに寝袋に入っちゃうし。


この時期の雪の降り始め、緑と白のコントラスト。

2014/11/30

余市 シリパ岬リベンジならず

何かいまいち吹っ切れてないのかね(謎)。身を危険にさらし続けて余計な事を考えないようにしているのかもしれない。

火曜に弥生炭鉱の探索をした翌日、ホームセンターで1m100円の安いロープを10m2本購入。昨年の静狩鉱山の時に15m1本を用意してたんで合わせて3本で臨もうと思ったんですが、引っ越しのどさくさで紛失したようで見つからず、嫌な予感はしたけれど2本でやってみるかと木曜日。

今回は自転車は持たずにバスで余市梅川車庫で下車。11時過ぎに廃道末端。

右側の突き出た山がシリパ岬、左手の突き出た岩の方へ降下していって崖沿いに右へ移動し、突き出た岩の右側くらいが降下地点です。
一直線で向かうと深い藪に絡み取られて身動きできないくらいになりますが、廃道末端から自然に崖に出るルートをとると古いトラロープが残置してあって崖の手前に笹のない空間が横たわり、割と楽に移動できます。

これは歌越海岸。やはり降りられない。ふと見ると、岸から10mほどの所に小さい漁船が。今でも漁場なんですね。漁師さんは洞窟の真相を知ってる(見えてる)はずですが、どうなんでしょうか。金積んで漁船をチャーターするってのは、ちょっと夢がないなぁ。

で、さっそくアタック開始。
徒歩道の脇に木があるポイントを選んで座り込み、ウチの部屋に買ったまま放置されてた「ロープワーク便利帳」という本を開いて結び方を選択、じっくり図を見ながら丁寧に結ぶ。ほどけちゃ致命的ですからね。

できるだけロープは節約しようと思いましたが、2本使い切って、それでもここまで。

右手の木の下が5mくらいストンと落ちてるんで、やはり3本目のロープは必要でした。3本必要という先日の読みは我ながら絶妙。

ここより下は細い灌木ばかりになるんで体重をかけるような木を伝った上り下りはできず、一気に足元が安定する場所まで降りる必要があります。ですんで、最後は少なくとも20mは必要かなと。

しかもロープを使わずに行き来した地点でも、木に取りつくまで「頼むから滑らないでくれよ」と草をつかんで斜面に張り付いてギリギリ登り返した事もあり、安全確実というならほぼ全域にわたってロープで中継したいくらい。実際やってみると、なかなかに厳しかった。
というわけで、おにーさんは初のロープ使用で、またバージョンアップしたのでした。来年はちゃんとしたクライムギア揃えないとダメだな。安いロープに軍手だと滑るんで、垂直上昇は無理だし。

で。帰りも同じルートで帰りましたが、途中の空間に虫がたかってるクマの糞が。行きも見渡しながら行ってたけど気付かなかったな。ちょっと真顔になって、周りに殺気も気配もないことを確認し、念のため音ピストルを鳴らして帰りました。最終民家の近くにも2カ所の糞。海の方なら出ないと思ったんだけどねぇ。

※ 後日に先日の記事と統合します。

2014/11/27

三笠 弥生炭鉱跡 後編

まずは全体像から。これは手書きであってGPSログではありませんので不正確ですが、赤線が鉱山鉄道跡のラインとなります。前回は砂防ダムまで。

カーブを回ってあとは遺構まで一直線、と思いましたら。50mほどの距離になる絶望的な崩落です。
路盤の少し下に小さくパイプの断面があるのがお分かりでしょうか。鉱山廃水を通したものだと思いますが崖下に鉄パイプの残骸が横たわっていました。

ここは行けません。鹿サマの足跡すらありません。以前の私なら引き返していたでしょう。しかし。
シリパ岬でバージョンアップしてきた私は右の急斜面を笹をつかみながら駆け上がり、上の笹薮をガーっと突き破り、一気に滑り降りて無事に向こう側へ。続行です。鹿サマの足跡も同様に移動してました。

最初の地図にあるように、崩落は計3カ所も。2カ所目の崩落は、鹿サマが靴幅+αの道を付けてくれていたので笹をつかみながら崩落斜面に張り付いて移動し突破。踏み外すと50m下の川までスライディングして飛び込めるアトラクションです。3つ目はそこそこの幅が残っていたので難なく通過。

で。あとは淡々と藪こぎで進むかと思ったところ。頭にピピッと。
え、上? 上に何かあるの? あ、上だけ草がない。
右側の斜面の上に上がってみますと、見事な平場。これは昔、何かありましたね。

しかも平場を囲むように道の跡があり、これは山の上に上がる道です。しかし車道の幅や勾配じゃない。江戸から明治期くらいの交易道のような感じ。昔の地形図にもこの辺まで来る道などありませんし、向かう方向も鉄道跡とは違うんで、私はここにアイヌの集落があったんじゃないかと思います。

平場の端からそのまま廃道が緩やかに続いてるんで行ってみたところ、路線跡と合流する感じで遺構に到達。

左に回り込むと、塞がれた坑口


さらに左に回り込みます。

右側の建物は潰れた屋根しか見えなかったので、左側の中です。何もありません。

その先はまだ広がってますが、鹿の踏み分け道がなくて藪が濃いのと、ここまで1時間半(前回の藤松沢の3倍)かかって時刻が2時半なのでこの辺で引き返しにかかりたい。

帰りは、先ほどの平場と廃道を使って崩落地点をかわす作戦で。まずは平場の弥生側末端。平場の周りにあった道が左からきて右下でカーブして右上に伸びてますね。
ちなみに道が左上から真ん中上にかけてもあるのがお分かりでしょうか。分岐して奥地に続いているのです。これも、アイヌ関係ではと推測した点の1つ。

鹿の踏み分けがない分、笹藪をこがねばなりませんが、やや下りで笹を踏み倒しながら行けるので割と楽に行けました。最初の崩落地点で上に上がったポイントまで廃道はあり(さらに分岐して奥地へ)、斜面を下りるだけで無事に路線跡へ復帰。あとは川を渡って帰るだけ。

バスの時間があったので、唐松駅跡まで歩いて寄りました。

今回の物件は、遺構としては物足りないですが、意外な奥地に道の広がりと生活圏が感じ取れたという点で個人的には興味深かったです。

2014/11/26

三笠 弥生炭鉱跡 前編

破れた探索ウェアの修理をしていて、先週より1時間遅い午後1時に藤枝町バス停。そこから、その筋には有名なこの遺構

のすぐ左手が入り口。ここを直進です。しばらくは川の左岸沿いで、そこがかつての鉱山鉄道跡の道です。




たぶん大方は、この時点であきらめムードになるんじゃないかと思います。まだまだこんなもんじゃ。



藪にうんざりしそうですが、実は強力な味方が存在します。鹿サマです。人里から遺構までしっかりと踏み分け道をキープしてくれているんで、それを見落とさなければ笹薮でもそれほど抵抗なく進めるのです。

道がない。崩落? 今回も超攻撃的なおにーさんは勢いに任せて鹿が斜面に刻んだ足幅ほどの細いルートを斜面に張り付きながら突破して、次の砂防ダムまで2回も川を渡りながら行ってしまいましたが、実は不正解で。

上の写真を撮った位置の数メートル手前で川を渡るのが正解。対岸にちゃんと路線跡の平場がありますし、昔の地形図でもここに橋があったようです。ここだけ両岸とも折れた木が垂れ下がって手がかりになり、下の岸に足場もありますんで楽に渡れました。鹿道もココです。
こうして見ると、弥生駅の辺りに接続した鉱山鉄道とはいってもカーブの線形はキツめで、森林鉄道レベルの規格だったことが分かります。

川も渡ったしひと安心かなと思うのはまだ早かった。すぐに次の困難が出現します。続く。