【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2015/03/28

ミニレポ: 恵庭 光竜鉱山

以前から狙ってはいたものの、交通機関が無いので冬季は特にいかんともし難く、エリアが広大なのでどこから手を付けるべきかとも。現地の様子すら分かっていない。
今日は臨休にしようと思い立ち、午前中に折り畳み自転車を出してブレーキと空気圧の調整をし、正午前に地下鉄駅まで自走。真駒内駅からバスがあったので常盤神社下まで行ってから自転車を展開。サイクリングロードはまだまだ雪に埋まっていたので車に注意しながら荒れた路肩を走行。

途中で少しずつ路肩の氷雪が多くなってきたので引き返すか悩みましたが、何とかここまでは、と午後3時にある林道の入り口に着けます。「たぶん、あるハズ」 スノーシューはないけどスパッツ着用のツボ足で問題なし。

「やはり、あった」 少し前のものだけど、スノーシューと歩くスキーの痕跡。 カンではスノーシューの方を先にと。たどって行くと。

 カンが確信に変わる。そのままたどる。
事務所跡ですね。足跡はここまで。

で。周りを見ると、道がトンネルに入るような、谷間が斜面にぶつかる地形。あの黒く見えるものが怪しい、と近づくと。

午後3時半、坑口発見。偵察としての目標はほぼ達せられた。作戦完了。
戻ってから歩くスキーの方のトレースを10分ほど追って向かう沢筋を確認してきてから午後4時前に自転車を出し、真駒内駅に5時ちょうど。アップダウンのある道なんで自転車でも結構な運動量。

さて、次はどうしようか。正直、面倒くさいという気分も結構ありまして。。カンだが、洞内も広大なんだよなぁ。それに、まだ他に大きい坑口があるハズで(これもカン)、そっちが本命の狙い。

2015/03/25

室蘭本線旧線 豊泉駅

地形図をスクロールしていて、そういえばあったな、と思い出したので立ち寄ることに。静狩の後で大岸駅で降り立ちます。吹雪はいまだ止まず。リュックも含めて濡れてますが、そのまま決行します。

旧路線のラインは地形図を見れば想像つきますし、現地に行っても部分的に砂利道として残っていたり築堤などハッキリしているので路線跡は分かりやすいです。道路転用された部分以外は横たわった笹やイタドリの量からして夏場は歩けないと思いますが。

大岸小学校を過ぎてすぐの地点。ここがハイライトの眺めかなと思います。切り通しと縁石。これ以後は藪が濃くなって単調な眺めですんで、引き返して一般道へ抜けて駅跡へ向かうのがオススメ。私はずっとたどりましたけど。

そして豊泉駅跡。ホームだけ残っています。大岸方向を振り返る。


反対側にもホーム跡は残ってますが、こちらは崩れかかって藪も濃い。階段もかすかな痕跡。

 この先も進んでみます。路盤脇の排水溝に流れ込む川。コンクリじゃなくて石垣なのが時代を感じさせます。

弁辺隧道。約1.5kmで当時としては長い方じゃないでしょうか。「日記的な何か」のMorigenさんが通り抜けちゃってますが、私はやめときます。ライトもないし帰りのJR便もあるから。 撮るものもないし。

すぐに豊泉駅に行けるかと思いましたが片道1時間かかってしまって長万部行きのJRに乗れなかったので、淡々と苫小牧経由で帰宅しました。

静狩鉱山 施設跡

今週は探索2連発です。室蘭まで晴れていたのに静狩駅に降り立ったとたんに猛烈に吹雪いてきました。(色んな意味で)嵐を呼ぶ男やね。

当初は道もない山に入っていくつもりでしたが、ガスって吹雪いていて、いつもなら最初から取りやめるレベル。JRを1便早く引き上げるとしても2時間近くあるので、時計を見ながらぶらっと見て回ろうかというわけです。

国道に出てから輸車路の方へ行きましたら何と。国道の下をくぐるトンネルがキレイに埋められ芝生まで張り直されてますよと。こんな所に来るのは鉱山探索者のみ、年間に10人もいないでしょうに、神経質過ぎるのか予算消化の格好の標的となったか。主坑口の方は確認してません。

天気が落ち着いていればそのまま林道で静狩峠の方に入ったんですが、こりゃダメだねと施設跡を撮って引き上げる方向で。








夏場は藪で見えないし入っていけませんが、今の時期は頃合いです。

2015/03/18

3年目の自己紹介

どこかでリンク貼られたのかアクセス増えた事もありましたけど、今はすっかり落ち着いて、少数の固定状態。世の中案外、物好きもいるもんですな。

それでも動機としては、探索結果や写真を眺めに来ているんだろうけれども、3年間こんな活動をしてきた私という人間に興味がある人に向けた1ページとしましょうか。
たまたま検索などでココに来た人の中には、「いい年して危ない事やってて、何やってんだ」と白い目で見下す人も中にはあろうが、それに対する弁明ではない。

例えば。隆慶一郎の小説「死ぬことと見つけたり」の斎藤杢之助。
佐賀武士の心の鍛錬法として、毎朝の目覚めの中で死の様々な場面を思念し、実感することで、死んでおく。常に「死人(しびと)」ゆえに、世の損得や他人への妬みなどなく、ただあるがままに日々を眺めて出処進退を誤らない。冷静で潔く爽やかだが、ひとたび戦いとなれば奔放苛烈な「いくさ人」。

別にそれに影響されたわけではないのだが、生き方と死に方は表裏一体であり、自分にどう始末をつけようかとは常日頃から思っている。だから、山中で何度もヒグマに遭遇しても、深い沢にハマり込んで崖を100m以上登った時も、冷静に向き合ったのであろう。

もっとも、最初から冷静沈着であったわけではなく、丸くなったと言われるのはごく最近の事。元々は苛烈さの方が突出していた。

昔の話をしようか。
大学での専門は数学で、修士課程に入って半年でテーマから何から自力で英語で修士論文を仕上げたが、それ故に周囲の風当たりは強かった。サイエンスとしての論理的な批判ならともかく、「生意気だ」という方向が大半。学会で発表した時には、T大の連中が「あんな難しい事やらなくてもいいのに」という陰口。ヘコヘコと丁稚奉公して欧米で流行りかけのトピックの重箱隅つつきバージョンのテーマを有難く頂戴するのが定型となっているから。それはサイエンス本来の姿勢じゃないだろうよ。
そう言えば学部の時も、T大出の講師が着任した時に、「○大の学生はみんな馬鹿だ」と公言したのにムカついて、講義中に出題した問題に「解が無い」ことの証明を黒板に出て書いてって、言い訳する講師を横目に出て行き、そんな単位はいらねぇって取らないまま卒業した事もあったな。

最初は放置していたのに変な方向で目覚めたのか、その後は指導教官がゼミのたびに指示で干渉するようになってしまった。「○○の方向で計算して調べてみるように」と言うのだけど、それは自分では見当違いでまともな成果が出るわけがないと思っていた。立場を尊重して我慢するが、成果が出ないと怒り出す。ゼミの間隔の問題もあって思うように前に進めない。それを繰り返して私はすっかり心身を病んでしまった。
私だけならともかく、それがゼミ全体の問題で、他のゼミに移籍したり就職に移行する者が続出した。するとヘソ曲げて、ハンコを押す事を拒んで就職がフイになった者も出た。私も無駄に年を重ねて、もはやこれまでか、と覚悟を決めた。

ある日のゼミ。教官のコメントに対し、それが間違いであることを証明付きで書き出す。次のコメントにも同様に。それを繰り返しているうち、指導教官は半べそかいて、ゼミは終わった。
幸い、全く別の分野だが知り合いの教官が、せっかくだから形式的でも博士号とっとけとテーマをくれて、それでさくっと理学博士を取りました。ねつ造もコピペも無いよ(笑)。
大学を去る直前、T大出の知り合いが気を利かせて、ディスカッションという名目で”某トップ教授”とのバトルを用意してくれた。どんな分野でも、ある程度のレベルになればちょっとしたやり取りで相手の力量が分かる。この一言でここまで読み切るとは・・。これが、世界のトップクラスか。10年フリーな時間があっても勝てないが、それでも、戦いたい。

その後は全く違う分野へ。数学の博士をまともに相手する企業はなかったこともあり、専門学校で資格を取って自営業へと。専門学校でも、学歴だけで実技はできないだろうと私を見下したい連中とのバトルはあったのだけど、以下略で。負けないよ。
大学の同期の婚約者がいたのだけど、大学を出た時点で「先の見込みがない」と一方的な婚約解消。裏で見合いをしていて決まってから切られたと。

すっかり、人間不信で人間嫌いになった。客商売なのにね。だから仕事も断る事がある。
自営でそれでは収入が不安定なので、貯金のためにも週の半分くらい「S川系男子」的な夜中の肉体労働のバイトを。大変だけど、それでパワーとスタミナをキープしているというワケ。下手なブラックに勤めるよりは良い。

結局、何も守ることはできず、目的も失ってしまった。それで最初の、生き死にの話につながる。
私はベジタリアンで外食もせず質素な食生活なのだけど、それは体験として油(脂)を体に入れるとパフォーマンスが低下すると分かったのでそれを防ぐため。それでも、戦うことをあきらめていないんだね。

背景は以上に集約され、私の言動には裏が無く、それで全て説明が付くと思っている。
人里から離れ、時に自然と対峙し、時に何もせず湯に浸かって過ごす。
そして、ブログではお馬鹿な悪ふざけ発言もしてアクセス落とす事もある。何をすれば気分が上向き、心が満たされるのか、すっかり分からなくなってしまった。

「俺には、パジャマを着て、病院のベッドで死ぬのは似合わない。そうは思わぬか?」
 (『銀河英雄伝説』 オスカー・フォン・ロイエンタール)

2015/03/05

然別湖~青い氷の世界

湖上から岸を遠目に見て回って、クレバスが見えた2,3か所で青い氷を撮ってみました。












 

2015/03/04

然別湖コタン 2015

春のJR18切符シーズンとなりましたので行ってきました。22日までやってます。
私の移動パターンは(新得~鹿追間のバス便の関係で)平日しか使えませんので念のため。今までは千円プラスして石勝線経由で行ってましたが、ここんとこ出費がかさむので今回は始発で出て普通列車のみ。
新得駅前11:30発のバスで鹿追営業所で「然別湖に行きます」と運転手さんに告げて(金は払わずに)降りて乗り換え、12:50に然別湖。降りるときは整理券のみ運転手さんに渡します。途中で降りると普通に料金とられますが、然別湖での乗り降りでは無料なのです。帰りはホテルのフロントで帯広または新得への行き先を告げて切符をもらってから乗り込み、新得へ行くのなら鹿追でまた乗り換えです。

いつもは無料の湖上露天風呂に入ってから散策に行きますが、今回は晴れてることもあり、すぐにスノーシュー装着。冬季通行止めで雪に埋まった道をしばらく歩きましたが、面倒になって途中で湖の氷上へ。昨年、氷が融けかかって行けなかった弁天島へ向かいます。



1つ注意しておきますと、島と半島の両方に湧水で氷が融けている箇所があります。ガスも出てるって噂も聞きましたが真偽は未確認。

その後は、弁天島の裏の対岸へ行ってから岸沿いに移動していって3か所くらいで青い氷を撮り、それから湖を横断してコタンへと。これはチャペルです。






全部タダでは申し訳ないのでお金を落としていく事にします。昨年と同様、氷のグラスで飲み物を(計1000円)。やっぱブルーカルピスの方が色が良いですな。


今年は遊び心のある雪のオブジェが少なくて、こんなもんです。忙しかったのか人材不足だったのか。
帰りがけに30分くらい露天風呂を頂いて、午後4時10分のバスで帰ります。5時半過ぎに新得で、スーパーで夕食を買ってから6時20分の特急で新夕張(18切符の特例)、その後は普通列車で午後10時過ぎに札幌です。