【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2015/11/25

札幌 手稲鉱山・元山 万能沢坑

当初の目的は奥の方の黄金沢の探索をするつもりだったんですが、乙女の滝を過ぎた辺りの道脇の住宅跡に寄ったりなんかしてて。誰だよ缶コーヒー捨てた奴は。

で、これはともかく、道の川側にもレンガの暖炉のようなものを伴った土台跡があります(夏場は草に隠れて分からない)。

そこでいつものようにピピッとサイドエフェクト発動。  (川の方を見ろと?)
見下ろしてみると廃道。写真は下に降りてから乙女の滝側に向かって。現道とは50mほどの深い笹薮で分断されていて見えません。

 なかなか立派な石垣。

先に進むと砂防ダムの手前に広場。(・・ここを渡れってコトか)

対岸の斜面はよく見るとジグザグに徒歩道の跡が切ってありますが、ここはちょっと崩落してますね(砂防ダムへ振り返った方向)。
鹿が行けるんならワイも行けるで!って源義経サンも言ってた。

この先は笹に埋もれかけて分かりにくい廃道を登っていきます。ここでGPSログでおさらい。上まで行ってから電源を入れたので測位に誤差があるようです。実際には谷間から外れていません。

これはカシミールで出した1970年代の航空写真。

これは以前の元山の記事で出した昔の地形図。

さて。登っていきますと。右側にズリ山。

ズリ山の上は平らで、酒瓶が多数散乱。

先に進みましょう。

と、登りかけてすぐの所に古い消火栓。これが今回発見した唯一の建造物かな。

登っていくと、左手はズリ山の跡のようでその下に石垣が。本当に小さい沢ですがそれでも護岸してたんですね。

頂上まで登ってないものの、左右に道が伸びていたので、ここでストップ。沢を挟んで左にカーブしてますが、行き止まりでした。斜面崩落の可能性もあり。

 上の写真の右手の平場。

まだ坑口を見つけておらず、稜線にも上がっていませんので探索の余地はありますが、ここで雨が降ってきたので川の増水を恐れて早々に引き揚げました。

消火栓に付いてた古いピンクテープですが、上の方から点々と付いていてズリ山より下にはありませんでした。地形図を見ると、現在の自然歩道から廃道が分岐していて、そこから下に降りられるようですね。次回はそちらからアプローチする予定。地形図には火薬庫の表示があったので、それがある廃道も目当てでしたが、見つけられませんでしたね。

2015/11/20

三笠 奔別沢の炭鉱跡 後編

後編は遺構は無しで、周辺調査となります。

奔別沢の林道を進んでいきますと、橋の両端に坑口が。


周囲が岩石質なので、炭鉱跡かどうか不明です。地図に大雑把に書き込みましたが、廃道に入って上がっていくと、さらに坑口2つ。どれも鍵はそんなに古くなくて管理はされているようです。

廃道をしばらく進んでみましたが、谷の奥の方に伸びていて時間がかかりそうだったんで引き返しました。

で、分岐点付近の昔の奔別炭鉱の話ですが、未成道の方から杉林に入ってみました。上部の杉林は笹に埋もれてますが、こちらの方は笹が無く、ほぼ平らです。笹が無いのは恐らく炭鉱施設があったからで、撤去後に植林したのでしょう。地面に少し、朽ちた広葉樹の痕跡がありましたから。

笹が無いので杉林内は楽に移動できます。それで川の方へ移動して林を出ると、廃道が。この写真は杉林側に振り返ったものです。

この道は奥地の露天炭鉱へ向かう車道に合流していきますんで引き返します。私の目当ては、美唄の我路と結んでいた古道でしたが、もう少し上の等高線上にあるようで、少し藪を越えて上がらなければならないようです。

林に戻って周辺を調べてみると、三角形型に3つの陥没を発見。写真では分かりにくいですが、陥没の1つが写真の右下です。

ここは山上の稜線で水が流れ込む場所ではなく、陥没が集中している。これと同じものを見たことがあります。静狩鉱山の山上です。地下の坑道が崩落したことによる陥没でしょう。ここはちょうど崖の上で、位置も第一斜坑、千成坑、八千代坑が並んでいた辺りの上です。

遺構を期待していましたが、明治から大正期のものは木造が基本ですので、やはり難しいですね。平場で面影を感じるくらいです。



三笠 奔別沢の炭鉱跡 前編

明治から大正時代にかけての、元々の奔別炭鉱の話。大正時代の地形図には炭鉱のマークがあります。

奔別沢の分岐点付近を拡大したのが、こちら。

まずは通行止の未成道の方へ入りますと、道端にレンガ造りの遺構。これは、万世斜坑の坑口だそうですが、穴はどこに?

大きくはないんですけど、複雑な構造。


左の穴。通路は狭い。



裏から撮影。

そのまま引き返して、ちょっと気になった橋の脇には刈り分け道。上の地図で青線で描いたラインです。金属の階段が設置されており、 川の縁には観測機器が置かれた小屋。その辺はそこそこの広場になってます。川には残骸。
この対岸には、明治~大正時代の坑口である第一斜坑、千成坑、八千代坑があったそうですが、痕跡は見えません。

 これは何だろうか。

で、階段から降りる時に見渡しても何も見えなかったんですが(その方向からだと草の陰の岩に見える)、河原に一度降りてぐるっと回ってから上がりますと、穴とレンガの遺構が。

穴は人の背より深く、落ちたら上がれません。

これはそんなに大きくなくて民家の車庫レベル。レンズに汚れもなく曇り空で暗いのに中に光点が写っているのは気にしないことにしましょう。

広場の草むらに少し入ってみましたが、とりあえず遺構はこれだけでした。

2015/11/18

三笠 奔別の山中の要塞風遺構

昨冬にレポートした遺構の追加調査となります。先日の探索の帰りに山上に新たな遺構を目視していました。雨の中の強行探索となり派手には動けず、水滴の付いた写真もあります。

なお、一応は現役炭鉱の敷地内であるため、車で来られる方はここに直接乗り入れて止めるのはやめた方がいいと思います(資材置き場にもなっている)。奔別沢の方(右手)に分岐してすぐの所にスペースがあります。

まずは図の1、冬に発見できなかった小屋。少し低いところにあり笹に埋もれています。


図の2は冬に発見したもので、上の通気口しか中に通じる穴が無く、笹が深くて容易に近づけないので今回はパス。

図の3も同様。入り口があるように見えますが、4畳半ほどの物置スペースがあるだけで、内部とは隔離されています。

 廃道は最初だけ笹に埋もれていますが、少し登るとハッキリしてきます。

古い電柱がありました。

 というわけで、今回の目標である山上の遺構。

 入り口があるように見えますが・・

横から見ると。これも入り口が無いのです。いや、上なんですよね。


これは下部。パイプがいくつも出ています。

右側面。

 裏側。上に通気口か入り口か。

 上に多数の煙突。窓の無い代わりだと思われます。

全ての遺構にまともな進入口が無い。これは三笠の変電所跡の上にあったものと同様です。あそこには折り畳み式の階段がありました。産業施設であれば効率の点からこういう構造は考えにくい。

他サイトの紹介で、「浄水施設」となってましたが、文献を参考にしたものとはいえ、個人的には信じがたい。メンテナンスを考えれば出入り口が無いのは問題だし、人が出入りするものでなければ多数の煙突はおかしい。
人が容易に入れないような施設。私は、廃坑を改造した軍施設ではないかと疑っています。炭鉱の中にあれば空撮されても紛れますからね。

中に入るのは難しい上にリスキーで、悩みどころですな。