【不定期更新になります】
当初はほぼ週1回の更新でしたが、ネタを意識すると縛られてしまうし疲れるので、
気が向いたときに撮ったものを1点ずつ出してく方向にしようかと。

2016/11/29

国鉄 天北線 その4

猿払駅跡。遺構は何もありません。ここで廃線跡サイクリングロードから廃線跡の車道に切り替わります。


駅跡の交通公園だそうですが、鉄道関係の遺構は見当たりません。公園自体も注意していないと通り過ぎてしまうレベルです。

鬼志別駅跡のバスターミナルです。ここは天北線関係の展示物が充実しています。




小石駅跡の交流センター。Wikiと写真の構図が同じでした。

曲淵駅跡の公園。小石からの駅間距離は20km近くもあります。

近くに炭鉱遺構があるので少し寄ってみました。これくらいです。

少し分かりにくい場所にありますが、沼川駅跡。裏手にホーム跡があるそうですが、そこまで見ませんでした。向かいの民家の窓に沼川駅の看板がかかってました。

樺岡駅跡。駅名標は道路の向かいから移設されたもので、路線は道路の反対側です。

恵北駅跡。碑だけで、路線跡の道が少し残ってます。


あとは声問、 宇遠内、と駅がありましたが、車道開発によって周辺も含めて完全消滅しているので省略します。宗谷本線からの分岐駅である南稚内までは同様の理由で行きませんでした。

国鉄 天北線 その3

浜頓別駅跡のバスターミナルです。広場がかつての構内の広さを想像させます。
中に天北線の展示コーナーもありますが、本当に申し訳程度に少しだけなのが残念です。


サイクリングロードはクマ出没もあって通行止めになっていますが、その中にある山軽駅跡。車でどうアプローチしたらよいのか分からず、猿払側の牧草地の砂利道を入れる所まで入って、その先の廃道を歩いてサイクリングロードに出てから走って着きました。バタバタしていたので、この裏手である”駅前”の様子は見ませんでした。




安別駅。車道がクロスしているので楽に来れます。


飛行場前駅。ここも車道がクロスしています。Wikiの写真を見ると荒れてきているのが分かります。


浅茅野駅。ここからは国道に出ずとも舗装道で(サイクリングロードと交差して)猿払に抜けられます。


そのクロス地点。荒れているのが分かります。


次は猿払駅跡。

2016/11/21

国鉄 天北線 その2

松音知駅跡です。ここは色々と残っていてオススメ。




道路向かいが路線跡ですが、上駒駅の痕跡なし。

中頓別の駅舎は解体され、天北線メモリアルパークというバスターミナルになってます。



国道沿いの寿公園にSLが置いてあるので、ここが寿駅跡と錯覚してしまいましたが、路線自体も離れた別の場所で写真がありません。

新弥生駅を探した時は日が暮れてきていて分からず、翌日に改めて探しました。左端の土手が現国道で、写真の道路は旧国道、撮った位置が踏切のあった場所。駅は右側の砂利道(路線跡)を300m近く進んだ所だそうですが、そこまで入りませんでした。
国道トンネル付近に車を置いて土手を降りてみたら砂利の路盤を発見したので、このラインだったのかと移動したのです。

 日没で暗いのでISOレベルを上げて撮影。下頓別駅です。


常盤駅も痕跡を見つけられなかったので、バス停周りを撮影。路線跡は左側です。

次は浜頓別。

国鉄 天北線 その1

事前にあまり調べる時間が無く、「北海道廃線路線図」さんのページでGoogleマップ上に廃線ラインを記したものをプリントアウトして持っていったくらいで、あとは遺構の有無についてWikiを読んでいきましたが、Wikiの記載も時代を経て現状と異なってる部分が少しあった感じです。

というわけで詳細は他サイトに譲り、シンプルに紹介していきます。

音威子府から北上して、最初の駅は上音威子府。伐採されていたので国道から容易に視認できました。

駅名標はリメイクのようですね。


所々に橋や暗渠がありましたが、発見のたびに車をターンさせて戻るのが面倒で。
 

小頓別駅跡です。駅前旅館跡の丹波屋の煙突から煙が上がっていて雰囲気ありました。



上頓別駅跡。バス停すぐ裏です。

恵野駅のあった辺り。痕跡なし。左手に同名のバス停が見えます。

敏音知駅跡の道の駅。

ホームは廃線後に作られたものですね。

周磨駅跡の辺り。左右に走っていたようですが痕跡なし。

続きます。